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活動記


キングスカップ
2001/11/06〜11/19

キングスカップとは…

 1年に1度この時期に行われるセパタクロー国際大会。

 開催地はタイ、主にバンコクだが、地方都市で行われることもある。(コンケーン、ハジャイなど)
 オリンピックのないセパタクローにおいて、最大のイベントはアジア大会だが、毎年開催されるものとしては、 このキングスカップが最も大きく、全世界のセパタクラ−が目標とする大会である。年々その規模は増大の一途を辿り、 16回目を迎える今年は、アメリカ、カナダ、ブラジル、スイス、などアジア以外の国々も含め、過去最多の18ヶ国が参加した。

 日本は第7回大会から出場しているが、当初は1勝も挙げることができず、惨憺たるデビューだった。 そんな日本も回を重ねるごとに着実に力をつけ、今では、レベルによってA・B・Cとデビジョンに分けられる中、 一番上のAデビジョンに属するまでになった。(但し、タイ・マレーシアは別格のためいずれにも属せず、Aデビジョン優勝チームは実質世界第3位となる)

 昨年は、Aデビジョンで2位。今年はそれ以上の成績、つまり優勝を目指してタイに乗り込んだのだが…

調整(11月7日〜13日)

 15日からの大会に備え、調整のため6日の飛行機で現地入りした。

飛行場から車で1時間半ほど走った所にスパンブリという街がある。 コーチの職場でもあるスパンブリスポーツスクール、ここが今回の練習場だ。 タイでは珍しく近代的な施設が立ち並ぶ校内で、10歳ぐらいの子供から、20歳を超えた大人まで、何百人もの生徒が学んでいる。 種目はセパタクローだけでなく、サッカー、バスケット、ボクシング…と様々だ。

 中でもセパタクローは1番大きな体育館を使い、男女併せて百人くらいの生徒が汗を流している。 18歳以下の国内チャンピオンチームもいたりと、日本にいたら経験できないレベルの高い、厳しい試合を何試合もこなす事ができた。 試合慣れするということが、この調整の最大の目的だったので、その点では万全だったといえる。

ローカル大会

試合風景1  この調整期間中、近くの町の小さな大会に出場した。コーチが、大会の情報を仕入れてきたのはその前日、突然出場が決まった。

 お祭りの行事の一つで、300バーツ(日本円でだいたい900円位)の参加費を払えば、誰でも出場できる。

試合風景2  かるく30度を超す暑さの中、もちろん屋外で4試合をこなした。コーチ曰く、力を試す良い機会だったそうだが、少しレベルが低く、難なく優勝してしまった。

 あまり成果のある大会ではなかったが、賞金3000バーツが手に入ったので、それはそれで良かった。

予選

 今回デビジョンAは日本、ベトナム、インド、シンガポール、ブルネイ、インドネシアの6カ国で、 これを3チームずつ2グループに分け、上位2チーム勝ち上がりの予選が行われた。

 日本はベトナム、インドと同じグループとなり、まず初戦、インドと対戦した。 インドは今年デビジョンAに上がってきたばかりのチームなので、特に心配もしていなかった。 案の定、危なげなく一方的な試合で勝利を収めた。問題なのは次のベトナム戦。 ベトナムとは、対戦するたび接戦を強いられ、これまでの通算戦績もほぼ互角のチームだ。 インドがベトナムに負けて、予選通過は確定していたとはいえ、負けたくないという気持ちは強かった。

 第1セット、序盤リードしていたにもかかわらず、動きが硬く、14−15で落としてしまう。

 続く第2セット、気持ちを切り替えて、15−8で取り返す。

 セットカウント1−1で、6点勝負のタイブレークへ突入した。 タイブレークとは、サッカーで言えばPK戦のようなもの。一つの流れが、そして運が、勝敗を大きく左右してしまう。 その流れをつかんだのは…ベトナムだった。終始勢いを握られたまま、1−6で落とした。

 しかし予選は2位で突破。もう一方のグループを1位で通過したブルネイと、準決勝で対戦することとなった。

準決勝

 ブルネイにはずっと勝てなかったが、去年のキングスカップで初めて勝つことができた。以来、今や実力的には上、今年も勝つ自信はあった。 リラックスして力を出しきる事だけ考えて試合に臨んだ。

 第1セット、15−12、第2セット、15−13で連取。苦戦はしたが、決勝へと駒を進めた。決勝の相手は…再びベトナム。願ってもない、予選の借りを返す絶好のチャンスが到来した。

決勝

試合風景3  予選での敗因は、第1セットを落とした事。再び同じミスを犯さないよう立ち上がりを特に注意した。 攻撃は最大の防御なり、最初から攻めの気持ちで臨んだ。

 1−0、3−0、7−0、10−0…みるみる点差は開き、11−0までリードした。 プレーしている私達はもちろん、ベンチの監督、コーチ、そして観客の誰もが、このセット日本が取ったと確信した。それぐらい完璧な立ち上がりだった。

 しかし、それでもベトナムの集中力は途切れなかった。私達の気の緩みを見逃さなかった。 1点、3点、7点、10点…あっという間に同点、そして逆転。完全に浮き足立っていた。結局13−15で第1セットを落としてしまう。

 第2セット、気を取り直して臨んだつもりだったが、1度狂った歯車は、もう元には戻らなかった。12−15で落とし、痛い痛い連敗を喫してしまった。

2年連続2位。優勝を逃した事はもちろんだが、ベトナムに連敗した事がとにかく悔しかった。 自分達の甘さが情けなかった。次は必ず…その想いを胸にマレーシアへと向かった。

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